日本の文化を支えるマテリアル

塗料として、接着剤として、補強材として、漆は用途に合わせて変幻自在に変化する。暮らしの道具に、美術表現に、荘厳な建物に、あらゆるシーンで、漆は使われてきた。偉大なる天然素材「漆」は、実はそれ自体が日本文化そのものなのだ。

煌めきの日光を再び

国内で流通する漆のほとんどは海外のものだ。平成27年のデータにおいても「生漆」の輸入は、97%。国産は3%になっている。多くは中国、タイ、ミャンマーなどだ。9000年前から日本で使われていた漆だが、戦後、安価な海外産の漆が大量に流通したり、プラスチックや化学系塗料や接着剤など代用できる新しいアイテムが開発されたことで、国産漆の消費が減った。

国産漆は採取の方法や時期などによっても性質が異なる。日本の気候や風土の中で、国産漆が持つ力を理解し、先人が使い続けて現代に引き継いできた意味は、国宝などの建造物の歴史が証明している。文化庁は、生産量が減少している国産の漆の保護にも役立てようと、平成30年度から、国宝・重要文化財建造物の保存修理における漆の使用方針について、国産漆を原則として使うことを決定した。現在、生産地では安定的な供給を目指し、生産に携わる人材の育成などを進めている。

日光の社寺

日光の社寺

東照宮、二荒山神社、輪王寺の103棟の建造物群とこれらを取り巻く文化的背景が世界遺産。浄法寺漆を用い、「平成の大修理」の最中で、人気の高い東照宮の陽明門は、平成29年3月に竣功。

中尊寺金色堂

中尊寺金色堂

世界遺産にも登録された岩手の古刹。国宝。中尊寺は昭和37年~43年にかけて「昭和の大修理」が行われた。浄法寺漆が塗料としてはもちろん、金箔や螺鈿の貝の接着剤として使われた。

金閣寺(鹿苑寺)

金閣寺は昭和25年に焼失、昭和30年に再建された。その10年後、金箔がはがれるなど劣化がひどく、61年~62年にかけて浄法寺漆を約1.5トン使った「昭和大修復」が行われた。

The World Heritage NIKKO TOSYOGU x JOBOJI URUSHI

アジアに生まれた、不思議な木・ウルシ

うるしの森

「知らずにそばを通ったらかぶれた」という話を聞けば、里山に奔放に生息していそうに思えるウルシだが、実は植林や採取には人々の経験や工夫がいっぱい。ウルシの木はたくさんの秘密がある、不思議な木なのだ。

ウルシの花

ウルシの花

ウルシの紅葉

ウルシの紅葉

あの果物もウルシの仲間!?

ウルシは生物学上ウルシ科ウルシ属に分類される。ウルシ科の植物は70属約600種に及び、ヤマウルシ、ツタウルシ、ハゼノキ、ヌルデなどはよく知られるが、マンゴー、カシューナッツも同類であることを知る人は少ないのではないだろうか。マンゴーを食べて口のまわりがかぶれる人がたまにいるのもウルシ科の植物ならではといわれる。ウルシ科の植物がこれだけありながら、日本で漆が採れるのは、ウルシという木だけなのだから、不思議なものだ。

ツタウルシ

ツタウルシ

毛虫はウルシの葉が大好き!

ウルシの木は日本全国に分布する。日当たり、風通し、水はけのよい肥沃な土地を好み、石灰分混じりの土でよりよく生育する。弱点は霜と毛虫。特に5月後半から6月にかけての遅霜は要注意で、6月上旬の霜で一帯の木が全滅したこともあるほどだ。また、初夏の頃から発生する毛虫はくせ者で、6月から繭になる8月半ばまでウルシの木を集団で渡り歩いて葉を食べ、羽化すると再び葉を食べて木を弱らせる。そのため、漆の採取が始まる前の時期、まだ卵のうちに、薬剤で駆除が行われる。

採取量を左右するもの

塗料としての漆は、ウルシの木が傷ついたときに、傷口をふさぐだめに自ら出す樹液で、人間でいえば血小板にあたるもの。乾けば、かさぶたなのだ。海外では広くウルシ属の木から採取するが、日本では6〜11月頃、ウルシの木からのみ採取をおこなう。時期によって性質が異なるため、使い分けや調合により最適に使われる。

樹液がよく出るのは、高温・多湿で曇りの日だ。低温で多雨の時期やそういう傾向の年は採取量が少ない。また、細胞に水が入ると木が傷み、その後の採取量が減少するため、降雨や雨上がりの日には漆掻きは行わない。当然ながら個体によっても分泌する樹液量に差があり、職人の目は枝振りや木肌の状態からそれを見分ける。よく出すものは木肌が黒くてやわらかく、実はあまり付けないが、秋にはいち早く色づくという。

化学変化による硬化は漆ならでは

漆器の製作工程の解説などでは、漆の液体が固化した状態を、表現上「乾かす」などと表記されることもあるが、実際には乾燥するのではなく、成分のウルシオールが、酵素(ラッカーゼ)の働きによって水分や酸素でつながり、固まるのである。これがポリマー(重合)という、強い膜になっている。そのため湿度がないと、乾かない、硬化しないのである。採取直後は乳白色で、空気にふれて時間が経つと褐色に変色していく漆の主成分は、ウルシオールという物質である。これはマンゴーの実の皮やカシューナッツの殻にも含まれ、かぶれの原因である一方、硬化するとかぶれの反応も起こさず、酸やアルカリなどにも強く、塗面を堅牢に保持する働きを持つ。

 採取した漆をそのまま置くと発酵が進み、ウルシオール、水分、ゴム質、含窒素物に分かれる。品質はウルシオールの含有率が高いものがいいとされるが、ほかの物質も、水分は含窒素物やゴム質に含まれ、ウルシオールを硬化させるラッカーゼを活性化させ、ゴム質は光沢に影響するなど、それぞれに作用する。蒸発、乾燥する一般塗料とは異なり、成分の化学変化による乾燥(硬化)は、漆の最大の特徴だ。

ウルシの木に刻んだ溝から、流れる白い漆液

ウルシの実からつくられた、うるしろうそく。直径1.3cm 高さ11.5cm

ろうそくの原料となるウルシの実。国産漆の最大産地二戸市浄法寺では、ウルシの実の珈琲が飲める

日本のうるしと、世界のうるしの違い

日本の漆

日本の漆

 漆は、ウルシ科の木から採取できる樹液のことを広く指すが、日本では、ウルシ科ウルシ属のウルシの木から採取したもののみを「漆」とする。国産漆は、漆の主成分のウルシオール含有率が高く、ゴム成分が少ないといわれ、フルーティな香りである日本の漆は木に何本もの並行なキズを付け、ひとつひとつ丁寧に採取するが、ゴム成分の多い海外ではV字やI字に傷を付けて、その下にセットした容器に漆が溜まるのを待つ。

主成分:ウルシオール

世界の漆

ゴム成分の多い海外ではV字やI字に傷を付けて、その下にセットした容器に漆が溜まるのを待って採取します。

中国、韓国

日本同様、ウルシの木から採取する。中国のウルシの木は天然、韓国はすべて植栽されたもの。
主成分:ウルシオール

ベトナム北部、台湾

アンナンウルシ(ハゼノキの一種)から採取する。
主成分:ラッコ−ル

カンボジア、タイ、ベトナム南部、ミャンマー、ラオス

ビルマウルシ、カンボジアウルシから採取。これらは名前に「ウルシ」と付いているが、ウルシ属ではない。
主成分:チチオール

参考文献
四柳 嘉章『漆の文化史』岩波書店
松田 権六 『うるしの話』岩波書店
三田村 有純(著) 『漆とジャパン―美の謎を追う』 里文出版