日常使いの漆器を作り続ける

漆掻き・塗師 山崎菜見子さん

授業で出合った漆にどんどん惹かれて

 木地にのせたマットな液体が、時間の経過とともに艶を帯びる。やがて、艶は深く光り、その下の木目がキラキラと輝いた……。
 それが山崎さんの漆との出合いだった。短期大学の伝統工芸の授業で、初めて拭き漆に触れた。「そのときすぐには感じなかったのですが、後になって考えてみるとそんな感じでした」。学生ではあったが、山崎さんの感性は漆の魅力を見出した。インテリアに興味を持って入学したが、これが運命の出会いとなり、何度かの授業を受けるうちにどんどん魅了され、卒業までには漆の道に進むことを心に決めていた。

自分で掻いた漆を
塗ることができたら

卒業すると、浄法寺と漆の歴史的なつながりが深い安代町(現・八幡平市)の「安代町漆器センター(現・安代漆工技術研究センター)」の研修生となり、ヘラの作り方、さまざまな塗りの技法など、漆を一から学び、漆の精製や素黒目漆というものも初めて経験した。塗り方の技法は、短大の授業とはずいぶん違っていたという。

 その後、滴生舎に勤務。すでに1人で漆器を製作できるくらいの技術を身につけていたが、下塗り、中塗りから始めた。熟練の技を必要とする上塗りも徐々に手がけるようになり、しばらくすると上塗りを専門とするようになっていく。

塗りの道具
次の工程を待つ、製作途中の漆器たち。

次の工程を待つ、製作途中の漆器たち。

勤務は月の半分程度だったので、合間に自分の作品も作った。デザインから手がけたものが初めて売れたのがこの滴生舎時代。卒業制作で作った6寸のものを4寸にリサイズした、朱と溜の汁椀だった。

 漆を仕事としてから11年目の春、山崎さんは「漆工房やまなみ」を立ち上げた。それまでは借りていた道具も自分で用意しなければならず、経済的に安定しない時期を過ごすが、3年くらいすると、また余裕ができてきた。そこで次にしたことは、漆掻きだった。

漆と向き合う過酷な作業

「掻き」の作業は過酷だ。採取時期は6月から11月半ば頃まで連日、早朝から山に入る。山崎さんの山での作業開始は午前5時。準備や現場までの移動時間を考慮して3時、4時に起きる。そんな生活だから、掻きの時期に塗りはできない。山崎さんは当初、「掻きは絶対やらないと思っていた」と言うが、「自分で採った漆を塗ることができたら」との想いが強くなったことから、日本うるし掻き技術保存会が行う長期研修に申し込んだ。

 漆を採取するには、皮取りカマで幹の皮を削る「カマズリ」を行ってから漆カンナで幹にキズを付ける。うまくキズが付かないと、ウルシは樹液を出さない。木の状態に合わせて、漆カンナの角度、入れる深さ、キズの長さなどさまざまな調整を行う。その作業は「カマズリだけで、手が握れなくなる」ほどだ。

樹液が染み出てくると1滴1滴をヘラで採ってタカッポという容器に入れる。「木にも盛りがあって、そのときには盛んに樹液を出してくれます。でも、作業が遅いと皮の間に入って採れなくなってしまうこともあります」と山崎さん。ときには漆が顔に付くこともある。また、雨の日は作業をしない、山に行っても降ってきたらそのまま戻ってくる、しばらくして晴れてきたらまた出かける……。しかし、そんな過酷さや危険に対する恐れよりも、日々の天気や作業に感じるむずかしさとおもしろさの方が大事なようだ。

 研修を受けに来る人はいても、浄法寺で掻きを仕事としている女性はまだいない。掻きを続けたいという想いは変わらないが、一度の研修ではまだ独り立ちに不安も残る。初めて自分で掻いた漆は「まだ動いている状態なので」精製していないが、近々着手したいとのこと。どんな個性をもった漆なのか、その日が楽しみである。

漆掻き入門セット

漆掻き入門セット。右から皮取りカマ(2本)、キズをつける漆カンナ、樹液を採るヘラ、皮の固い時期(裏目掻き)に使うエグリ、そして漆を入れるタカッポ。

滴生舎の店内には、山崎さんの作品のコーナーが設けられている。

滴生舎の店内には、山崎さんの作品のコーナーが設けられている。

産地の塗師ならではの技

塗師として感じる漆の魅力は「同じ漆でも時期によって変化すること」。さらりとしか言わないが、作業は「天気や湿度を見てどうするか決める」「誰が掻いた漆かわかって塗っている」など、漆の繊細さや多様さ、塗師に求められる判断力、技能の高さがうかがえる。「漆の個性を見て、混ぜて使うこともあります」と話し始めた。問屋から仕入れる漆は品質が一定だが、浄法寺の塗師たちは掻いた人から直接購入して自分で精製するので、漆の状態に変化がある。「産地ならではですね」と感慨深げなのは、浄法寺漆に惚れ込んでいるからだろう。

 山崎さんの作品は、汁椀、小鉢、カップなど普段使いする器が中心だ。木地が届いてから出荷するまでおよそ3カ月。「一発勝負」という上塗りは、空気中を舞うチリさえも敵になる。

 この先も、ずっと日常使いの漆器を作り続ける。「買ってくれた人に、気に入って使ってもらえたらうれしい」と、漆とそれを使う人たちへの温かな想いが山崎さんを仕事に向かわせる。

滴生舎を経て、「漆工房やまなみ」として一軒家で漆器を製作する山崎さん。独立の際に準備してもらった看板。

滴生舎を経て、「漆工房やまなみ」として一軒家で漆器を製作する山崎さん。独立の際に準備してもらった看板。

うるしびとの物語

漆を掻くひと、漆を塗るひと、漆掻き道具をつくるひと…
この地域に生きる、うるしを生業として生きる人々の物語を集めました

小説で楽しむうるしの世界